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岡谷簡易裁判所 昭和34年(ろ)12号 判決 1960年5月13日

被告人 小石仁

昭四・一・四生 自動車運転者

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、

被告人は諏訪自動車株式会社の自動車運転者であるが、昭和三十四年八月二十七日午後五時五分頃諏訪市大和五区三一〇番地先路上において、普通乗用乗合自動車を運転し時速約二十五粁で上諏訪駅方面に向い進行中、同車内には約二十人の乗客が立つて乗車していたので急停車の措置をとれば倒れて傷害の発生も予測できるので、自動車運転者としては急停車すべき事態の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、同所右側に停車中の乗用車とすれ違う際対向して来たスクーターや自転車に気付きスクーターが停車したので自転車も停車するものと軽信し、乗用車との間隔一・五米位の間へ自転車が入つてくることを考慮せず、従つて徐行、減速の措置を講じなかつたため、自転車が入つて来て転倒したのをみて急停車措置をとつたので、その衝動で乗車中の小口智弘に前腕骨皮下骨折により全治六週間、勝田さき子に左前腕挫傷により全治十日間を要する各傷害を与えたものである。というのである。

証人勝田さき子の証人尋問調書、同人の司法巡査に対する供述調書、小口智弘の司法巡査に対する供述調書、医師井上雅夫作成の診断書二通、当裁判所の検証調書、司法巡査作成の実況見分調書、被告人の当公判廷における供述、被告人の検察官に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、被告人は諏訪自動車株式会社に雇われ乗合自動車の運転の業務に従事していた者であるが、昭和三十四年八月二十七日午後五時五分頃諏訪市大和五区三一〇番地先国道二十号線路上において乗合自動車(長二あ一五一一、車巾二・四五米、車長八・六米)を運転し、諏訪郡下諏訪町方向から諏訪市内所在国鉄上諏訪駅方向に向い時速約二十五粁で進行していた。当時同所における交通の状況は、道路の巾員は七・二五米であり、前方道路の右側(被告人の進行方向に向つて)に小型自動車(註、型種および車巾ならびに停車位置については小型自動車が道路端に停車していたということは認められるが、その外の詳細については、本件証拠からは明らかにされない)一台が反対方向に向い停車しており、さらに一台の軽自動車運転者が被告人の運転する乗合自動車を避譲する態勢をとつて、右小型自動車に続いてその後方に停車しており、さらにその後方数メートルの地点に約三台の自転車運転者が反対方向に進行して来ていたものである。そこで被告人は、右自転車運転者らは右軽自動車運転者と同様に右小型自動車の後方において停止して被告人の乗合自動車を避譲するであろうと考え、前記同一速度で右小型自動車の側方を進行した。ところが、被告人の乗合自動車が右小型自動車のほぼ真横にさしかかる直前、右自転車のうちの一台に乗車した者(氏名不詳)が右小型自動車と被告人の乗合自動車との間を通り抜けようとして進行して来て、さらに被告人の乗合自動車の右側ほぼ中央部辺側方において、よろめいて被告人の乗合自動車の方に倒れかかつた。そこで被告人は、同人との接触を避けるため急停止の措置をとつた。被告人はそのため右自転車に乗車していた者との衝突を避けることができたが、右乗合自動車内において立つて乗つていた乗客勝田さき子および小口智弘はその衝動のため右車内に倒れ、よつて勝田さき子は全治約十日間を要する左前腕挫傷を、小口智弘は加療約六週間を要する右前腕骨皮下骨折の傷害を負つたことを認めることができる。

してみると、被告人が右のように急停止の措置をとつたのは右自転車運転者が、被告人の乗合自動車の側方において、よろめいて被告人の乗合自動車の方に倒れかかつたため、被告人においてそのまま進行するときは、右自転車運転者と被告人の乗合自動車とが接触し右自転車運転者の生命、身体に危害が生ずる状態にあり、かつこれを避けるためには右乗合自動車を急停止するより他に方法がなかつたものであるといわねばならない。したがつて被告人において右急停止の措置をとつたことにより右勝田さき子および小口智弘に対し右傷害を負わせたことについては、右自転車運転者の生命、身体に対する現在の危難を避けるため己むことを得ざるに出た行為による傷害であるといわねばならない。

ところで、危難が行為者の有責行為により自ら招いたものであり、社会通念に照して己むを得ないものとしてその避難行為を是認することができない場合には緊急避難は成立しないものというべきであるが、本件においてこの点について考えてみると、前示のような道路、交通の状況において、前記軽自動車の運転者において、すでに、前記停車中の小型自動車の後方において停車して被告人の乗合自動車を避譲していたのであるから、その後方より進行して来る自転車運転者において右停車中の小型自動車と乗合自動車との間に進行して来ることは、乗合自動車の運転者としては、予想し得ないことであるといわねばならず、したがつて、乗合自動車の運転者においてこれを予想して時速二十五粁以下に減速又は徐行して進行すべき注意義務があるということはできないので、本件について右自転車運転者の危難は、被告人の有責行為により被告人自ら招いたものというべきではなく、かえつて、右自転車運転者において道路、交通の状況に応じ他の交通に対し不当に迷惑を及ぼすような方法で運転進行したもので、右危難は同人の自ら招いた危難であるというべきであり、被告人の右避難行為は社会通念に照して己むを得なかつたものとして充分是認できるものである。

よつて、被告人の本件傷害については刑法第三十七条第一項本文の緊急避難にあたり罪とならないものであるので、刑事訴訟法第三百三十六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 磯部喬)

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